カテゴリー「旅行・地域」の記事

2015年10月12日

シルバー須坂

9月のシルバーウィークは、お天気も体調もイマイチだったので、あまりハードな探索はせず関東近郊と長野市周辺をぶらぶらしてました。

最初の写真は長野駅のコインロッカーで見つけた義仲くんさん。

善光寺さんは前回、震災後の訪問だったので石灯籠が倒れたままだったりしてましたが、さすが今回は御開帳後だけあってすっかり整備されてました。
しかも丁度プチ後開帳中にお参りできてラッキー。

七味の八幡屋礒五郎さんのカフェもオサレで、ブラ旅に最適。

そして長野電鉄に乗って須坂市の井上にアタック!

井上は横田河原の合戦で木曽軍を勝利に導いた井上光盛さんの地元。屋敷跡と比定される場所も残ってます。

小坂神社は式内社に井上氏が八幡神を祀った氏神さま。

城跡も近くに二カ所あるけども天気が悪いので登山は断念して、ゆかりの場所をざっくり回る。

神社境内にあった地図案内板を手がかりに井上山浄蓮寺さんへ、こちらの裏山が井上城跡で境内も曲輪跡だったかもしれないとのこと。
竹ノ城登山口を通り過ぎて、井上氏墳墓に向かう。

何故かお墓だけ標識が分かりづらくて諦めそうになったけども、なんとかたどり着きお参り。
全国の「井上姓」のルーツはこの場所だとも言われ、井上さんは是非訪ねてみてほしいです。


ちなみにお墓に行くにはこの道祖神が目印です!

最後に、この須坂で密かにテンション上がるのが、松代行きのバスが1日に数本あるコト。
今回は時間が合わなくて乗れなかったけども、井上光盛さんが難なく千曲川を渡って妻女山を迂回できた理由がこの道にあるわけです!知らんけど。

北の中野市は高梨氏や山田氏の本貫、西は同族という村山七郎さんや栗田寺さんがいて、南は松代を抜けてハブポイント・屋代に着くという素敵なルートが繋がっているんですね!

またの機会にバス挑戦してみたいです。

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2015年8月17日

木曽義仲旗挙げ祭

行ってきました、木曽谷。

去年はせっかく地元の人たちに来いと言ってもらったのに仕事で行けなかったので、今回はヤル気で有給取った。宮ノ越駅に着いたのは15時過ぎ、まずはお祭り会場の義仲館前まで行ってみる。木曽殿と巴御前の像がお出迎え。




さすがにお祭りだけあって屋台も出ており食事も問題ない。
祭の本番は夕方からとのことなので、周辺をめぐろうと巴が淵へ。




晴れたり雨がパラついたりして、お天気が頼りないがここは晴れることを信じる。南宮神社にご挨拶して




旗挙げ八幡に手を合わせ




戻ってくると、ちょうどお腹がすいたので屋台で松本B級グルメ、山賊焼バーガーをいただく。




赤米のバンズに鶏のからあげ、おいしい。
そのうち義仲館横の舞台でイベントが始まり、木曽福島の火牛太鼓からの地元・宮ノ越の巴太鼓の演奏。「ヤー!」という掛け声が特長の巴太鼓、最後は舞台から降りてきた巴御前たちがが薙刀で観客を斬ってまわるw




日が落ちた頃に山吹山の「木」文字焼に点火され、ゆっくり文字を作る。肉眼ではたくさんの松明が山をおりて来るのが見えるんだけど、これがちょっと倶利伽羅落としみたいでよい。




さらに暗くなってきたころ武者行列が登場。木曽殿と巴御前は木曽馬に騎乗!しかし暗くてピントが合わない上にサクサク歩いて行っちゃうので写真撮影するヒマがナイ!行列は舞台前で終わって武者さんたちのインタビューになる。巴御前役の女性は、東京生まれだけども木曽殿が好きすぎて木曽に就職したのだとか、筋金入りのエピソードを披露していた。




そうしているうちに、山吹山から戻ってきた「らっぽしょ」行列がやってくる。子供達が笹竜胆の提灯を持って、太鼓に合わせて歌を歌って歩いてくるのはシンプルだけども趣がある。歌詞も木曽殿や巴のことを歌っているのだが、いかんせん会場では一緒について行ってもなかなか聞き取れないのが残念。しかしなるほど木曽殿愛にあふれた素朴で時代がかった行列なので、未来に保存していってほしいとおもう。










最後は花火大会と盆踊りで盛り上げる。名残は惜しいけども宮ノ越駅21:09の電車で帰宿。お盆期間の宮ノ越周辺の宿泊施設は3ヶ月前から予約しないとまず取れないけども、塩尻のビジネスホテルなら直前でもいけたのでご報告。奈良井や木曽福島に宿をとって次の日散策、というプランもよいかも。



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2015年7月16日

奈良の春日の




奈良の親戚に用事がありまして、ちょっと奈良に行ってきました、
日帰りで時間もあまりなかったので、東大寺に行って公園をブラブラしたくらいですが。

ヤバい!奈良といえば炎上!東大寺といえば「奈良炎上」しちゃったとこですよ!
と、無礼きわまりないテンション高めで見学。

東大寺大仏殿には、重衡さんが燃やしてしまった元の大仏殿の模型が飾ってありました。



そもそも南都の大衆だって瀬尾っちの丸腰の兵の首を猿沢の池に並べたのもいけないんだから、仏道の徒らしく重衡さんを助命するべきだったと思うよ、ボカァね。

そんな妄想をしていると、大仏様の蓮台に創建当時の部分が残っていたりするのも生々しく感じました。

本当は「南都焼討ち」興福寺や猿沢池にも行きたかったのですが、時間的に無理だったのでまたの機会に訪れたいと心に誓いました!




その後、春日大社の入口で力尽き、あえなくトンボ帰りしました。
奈良、やっぱ良いですねー。

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